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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)151号 判決

原告

ニチアス株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

中村稔

雨宮定直

同弁理士

【B】

同弁護士

富岡英次

田中伸一郎

宮垣聡

被告

日本バルカー工業株式会社

代表者代表取締役

【C】

訴訟代理人弁理士

【D】

【E】

【F】

主文

特許庁が平成8年審判第4788号事件について平成10年3月27日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  原告の求めた裁判

主文第1項同旨の判決。

第2  事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

被告は、特許の名称を「ジョイントシートおよびその製造方法」とする

登録第1922225号発明(昭和59年12月18日

出願:特願昭59-266790号、平成4年2月5日

出願公告:特公平4-6232号、平成7年4月7日設定登録。本件発明)

の特許権者である。

原告は、平成8年4月5日、本件特許につき無効審判を請求し、平成8年審判第4788号事件として審理され、被告により平成9年4月7日付けで訂正請求(第2回)があった後、平成10年3月27日、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は平成10年4月22日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

【本件訂正前の特許請求の範囲の記載】

(甲第3号証=

1.石綿以外の無機繊維または有機繊維あるいはこの両者からなる基材繊維、ゴム材、ゴム薬品、充填材および界面活性剤を含んでなり、界面活性剤が0.1~10重量%の量で存在していることを特徴とする、一対のロールを用いて製造されたジョイントシート。

2.石綿以外の無機繊維または有機繊維あるいはこの両者からなる基材繊維、ゴム材、ゴム薬品、充填材、界面活性剤およびゴム材用溶剤を含んでなり、界面活性剤が上記溶剤を除いた全重量に対して0.1~10重量%の量で存在しているジョイントシート形成用組成物を、熱ロールと冷却ロールとからなる一対のロール間に挿入して加熱圧延することによって該組成物をシート状に熱ロール側に積層させ、次いで熱ロールに積層されたシート状物を剥離することを特徴とするジョイントシートの製造法。

【本件訂正後の特許請求の範囲の記載】

1.有機繊維からなるかあるいは有機繊維と石綿以外の無機繊維との両者からなる基材繊維、ゴム材、ゴム薬品、充填材および添加された界面活性剤を含んでなり、添加された界面活性剤の量が0.1~10重量%であることを特徴とする、一対のロールを用いて製造されたジョイントシート。

2.有機繊維からなるかあるいは有機繊維と石綿以外の無機繊維との両者からなる基材繊維、ゴム材、ゴム薬品、充填材、添加された界面活性剤およびゴム材用溶剤を含んでなり、添加された界面活性剤の量が上記溶剤を除いた全重量に対して0.1~10重量%であるジョイントシート形成用組成物を、熱ロールと冷却ロールとからなる一対のロール間に挿入して加熱圧延することによって該組成物をシート状に熱ロール側に積層させ、次いで熱ロールに積層されたシート状物を剥離することを特徴とするジョイントシートの製造方法。

3  審決の理由の要点

(1)  訂正の内容

平成9年4月7日付け訂正請求書による訂正請求の訂正の内容は、本件発明の明細書を該訂正請求書に添付した訂正明細書に記載のとおりに訂正しようとするものである。すなわち、

(1)特許請求の範囲第1項及び第2項における「石綿以外の無機繊維または有機繊維あるいはこの両者からなる基材繊維」を「有機繊維からなるかあるいは有機繊維と石綿以外の無機繊維との両者からなる基材繊維」と訂正する。

(2)特許請求の範囲第1項における「界面活性剤を含んでなり、界面活性剤が0.1~10重量%の量で存在している」を「添加された界面活性剤を含んでなり、添加された界面活性剤の量が0.1~10重量%である」と訂正する。

(3)特許請求の範囲第1項における「・・・特徴とするジョイントシート。」を「特徴とする、一対のロールを用いて製造されたジョイントシート。」と訂正する。

(4)特許請求の範囲第2項における「界面活性剤およびゴム材用溶剤を含んでなり、界面活性剤が上記溶剤を除いた全重量に対して0.1~10重量%の量で存在している」を「添加された界面活性剤およびゴム材用溶剤を含んでなり、添加された界面活性剤の量が上記溶剤を除いた全重量に対して0.1~10重量%である」と訂正する。

(5)明細書2頁17行(特公平4-6232号公報1頁2欄12行)の「およびその」を「およびそれ」と訂正する。

(6)明細書4頁11行(同公報2頁3欄21行)の「石綿以外・・・有機繊維」を「有機繊維からなるかあるいは有機繊維と石綿以外の無機繊維との両者からなる基材繊維」と訂正する。

(7)明細書4頁16行(同公報2頁3欄26~27行)の「石綿以外・・・基材繊維」を「有機繊維からなるかあるいは有機繊維と石綿以外の無機繊維との両者からなる基材繊維」と訂正する。

(8)明細書5頁3~5行、同頁19~6頁1行、11頁10~11行(同公報2頁3欄33~35行、2頁4欄5~7行、3頁6欄27~28行)の「石綿以外・・・基材繊維」を「有機繊維からなるかあるいは有機繊維と石綿以外の無機繊維との両者からなる基材繊維」と訂正する。

(9)明細書5頁6行(同公報2頁3欄36行)の「特定量の界面活性剤を含んでなる」を「添加された界面活性剤を特定量で含んでなる」と訂正する。

(10)明細書5頁9~10行(同公報2頁3欄39~40行)の「石綿以外・・・基材繊維」を「有機繊維からなるかあるいは有機繊維と石綿以外の無機繊維との両者からなる基材繊維」と訂正する。

(11)平成2年12月26日付け手続補正書1頁9行(同公報2頁3欄41行)の「特定量の」を「特定量で添加された」と訂正する。

(12)明細書6頁4行~7頁5行(同公報2頁4欄10~31行)の「石綿以外の・・・好ましい。」を「有機繊維としては、芳香族ポリアミド繊維、ポリアミド系繊維、ポリオレフィン系繊維、ポリエステル系繊維、ポリアクリロニトリル系繊維、ポリビニルアルコール系繊維、ポリ塩化ビニル系繊維、ポリ尿素繊維、ポリウレタン系繊維、ポリフルオロカーボン系繊維、フェノール繊維、セルロース系繊維などの従来ジョイントシート形成用基材繊維として公知の有機繊維が広く用いられる。このうち、芳香族ポリアミド繊維(商品名ケブラー、デュポン社製)ならびにフィブリル化した芳香族ポリアミド繊維(商品名ケブラーパルプ)が特に好ましい。石綿以外の無機繊維としては、ガラス繊維、セラミック繊維、岩綿、鉱滓綿、溶融石英繊維、化学処理高シリカ繊維、溶融硅酸アルミナ繊維、アルミナ連続繊維、安定化ジルコニア繊維、窒化ホウ素繊維、チタン酸アルカリ繊維、ウォラストナイト、ウィスカー、ボロン繊維、炭素繊維、金属繊維などの従来ジョイントシート形成用基材として公知の無機繊維が広く用いられる。なお本発明に係る無機繊維としては、石綿繊維を少量用いることができる。」と訂正する。

(13)明細書7頁13行(同公報2頁4欄37~38行)の「ブチルゴロ(IIR)」を「ブチルゴム(IIR)」と訂正する。

(14)明細書7頁19行(同公報2頁4欄43~44行)の「ニトリルインプレンゴム(NIR)」を「ニトリルイソプレンゴム(NIR)」と訂正する。

(15)明細書8頁5~6行(同公報3頁5欄6~7行)の「ジニトロリベンゼン」を「ジニトロソベンゼン」と訂正する。

(16)明細書9頁10~11頁(同公報3頁5欄31~32行)の「無機繊維または有機繊維」を「有機繊維からなるかあるいは有機繊維と石綿以外の無機繊維との両者からなる基材繊維」と訂正する。

(17)明細書12頁10行及び16行(同公報4頁7欄3行及び同9行)の「界面活性剤」を「添加された界面活性剤」と訂正する。

(18)明細書15頁8行(同公報4頁8欄13行)の「アルキルリン酸エルテル」を「アルキルリン酸エステル」と訂正する。

(2) 訂正の可否

上記訂正事項について検討すると、

(1)の訂正は使用する基材繊維を限定するものであるから特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。該訂正は願書に添付した明細書の5頁19行~6頁2行(本件公報2頁右欄5~8行)の「本発明に係るジョイントシートは、石綿以外の無機繊維または有機繊維あるいはこの両者からなる基材繊維・・・・・からなっているが」の記載に基づくものであり、該明細書に記載の範囲内のものであることは明らかである。

(2)の訂正は、次の理由により明瞭でない記載の釈明を目的とするものと認められる。

本件明細書の特許請求の範囲第1項には、「界面活性剤が0.1~10重量%の量で存在している」と記載されており、ジョイントシート中の界面活性剤がすべて「添加された界面活性剤」に由来するものであれば、結果的にそれがジョイントシート中に存在する量となるから、当然「0.1~10重量%」はその「添加された界面活性剤」量の割合を意味することになりこれが不明確になることはないが、そうでないとき、すなわち「添加された界面活性剤」以外の界面活性剤が存在するときは、特許請求の範囲の記載において「界面活性剤」という語に対し「添加された」という限定がないため、特許請求の範囲に記載された「0.1~10重量%」という含有割合が「添加された」ことにより含有されることになる界面活性剤以外の界面活性剤の含有量を含んだ割合かどうか明確でない。上記(2)の訂正は、このような場合においても特許請求の範囲で限定される含有割合である「0.1~10重量%」は「添加した界面活性剤」量の割合を意味するということを明確にするものである。すなわち、ジョイントシートに該シートの材料と共に混入する界面活性剤(例えば、界面活性剤をもともと含んだゴム材を用いた場合に混入する界面活性剤)が存在するとしてもそれはこの添加割合の範囲に含まれないということを明らかにするものであるといえる。結局、(2)の訂正は、訂正前の記載に明確でない点があり、それを明瞭にするものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

そして、本件の願書に添付した明細書には「本発明においては、前述の問題点は、ジョイントシート形成用組成物中に界面活性剤を添加することによって解決される。すなわち・・・ゴム材、ゴム薬品、充填材および特定量の界面活性剤を含んでなる」(明細書4頁20行~5頁6行、本件公報2頁左欄30~36行)、「このような界面活性剤は、ジョイントシート中に0.1~10重量%・・・の量で用いられることが好ましい。」(同10頁9~11行、本件公報3頁右欄6~8行)、「本発明に係るジョイントシートの製造方法について・・・溶剤にゴム材を溶解させ、これにゴム薬品および充填材を混入し、次いで界面活性剤を混入する。」(同11頁5~9行、本件公報3頁右欄22~26行)、と記載され、またすべての「実施例」においては添加した界面活性剤の量のみが明記されていること、「実施例1」(なお、実施例1の記載中「第3アンモニウム塩」(明細書14頁11~12行、本件公報4頁左欄42~43行)は「第4アンモニウム塩」の誤記であると認める。)では界面活性剤を添加しない(添加した界面活性剤を含まない)場合と比較すると添加した方が結果が良好であったこと(比較例1も参照)、「比較例2」ではカチオン性界面活性剤を添加しなかった以外は、「実施例6」と同様な方法でジョイントシートを製造したこと、その場合にシート形成用組成物の冷却ロールへの付着が認められたことがそれぞれ記載されており、これらの記載からは、本件発明の目的を達するには、界面活性剤を、「添加された界面活性剤」の添加割合が「0.1~10重量%(ジョイントシート中)」となるように添加する必要があるということが読み取れる。そして、本件の明細書の記載からはゴム材にもともと含まれる界面活性剤に由来する界面活性剤が存在するような場合に、本件発明で限定する添加割合、すなわち「0.1~10重量%」、をこのような界面活性剤の含有量を含むという意味に解すべき根拠は見いだせない。要するに、(2)の訂正は上記した各記載に基づくものであり、願書に添付した明細書に記載した範囲内の訂正であるといえる。

(3)の訂正は、ジョイントシートの製造法を限定するものであるから特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。該訂正は願書に添付した明細書の5頁8~14行(本件公報2頁左欄38~44行)の「本発明に係るジョイントシー>トの製造方法は、・・・一対のロール間に挿入して加圧圧延することによって、・・・」の各記載に基づくものであり、該明細書に記載の範囲内のものであることは明らかである。

(4)の訂正は、該訂正で訂正しようとする記載中何が明瞭でないのかという点、訂正で明瞭にしようとしている点が、上記(2)の訂正のところで述べたのと同様である。また、(2)と(4)で訂正しようとする記載に含まれる界面活性剤の添加割合「0.1~10重量%」はいずれも、溶剤を除いた全重量に対する割合であるので、(2)の訂正のところで述べたのと同様な理由により、明瞭でない記載の釈明を目的とするものと認められる。

(5)、(13)~(15)、(18)の各訂正は、誤記であることが明らかな記載箇所を正すものであり、誤記の訂正を目的とするものと認められる。

(6)~(12)、(16)、(17)の各訂正は、特許請求の範囲の訂正、すなわち(1)、(2)、(4)の訂正によって記載が一致せず不明瞭となった明細書の発明の詳細な説明の記載を訂正するものであるが、明瞭でない記載の釈明を目的とするものと認められる。

そして、上記各訂正(1)~(18)は、願書に添付した明細書に記載された範囲内の訂正であって、実質的に特許請求の範囲を拡張又は変更するものではなく、また訂正後の特許請求の範囲に記載された事項により特定される発明は、後述するように特許出願の際独立して特許を受けることができるものと認められるから、上記訂正請求は特許法134条2項、及び同条5項で準用する126条2~4項の規定に適合するものである。

したがって、上記訂正はいずれも認めることができるものであって、訂正後の本件発明は、前記2(本件発明の要旨)の【本件訂正後の特許請求の範囲の記載】に記載のとおりのものと認められる。

(3) 審判における原告(請求人)の主張の概要及び証拠方法

(a) 原告の主張の概要

原告は、下記の審判甲第1~5号証(本訴甲第6~10号証)及び参考資料1,2を提出して、本件第1発明(特許請求の範囲第1項記載の発明)と本件第2発明(特許請求の範囲第2項記載の発明)は、審判甲第1号証(本訴甲第6号証)若しくは審判甲第2号証(本訴甲第7号証)に記載された発明と同一であり、又はこれらの審判甲号各証に記載された発明から当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条1項3号又は同法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は特許法123条1項の規定により無効とされるべきであると主張している(主張1)。

また、原告は平成8年12月27日付け弁駁書を提出するとともに新たな証拠方法として審判甲第6~10証(本訴甲第11~15号証)を提出し、本件の訂正請求に係る請求項1,2に記載の発明(訂正後の本件発明)は、審判甲第6号証(本訴甲第11号証)に記載された発明と同一であり、又は審判甲第6号証(本訴甲第11号証)に記載された発明から当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条1項3号又は同法29条2項の規定に違反し特許を受けることができないものである旨主張し(主張2)、さらに訂正後の本件発明は、本件明細書の記載が不備であり特許法36条4項及び5項に規定する要件を満たしていないので特許を受けることができないものである旨主張している(主張3)。

(b) 証拠方法

審判甲第1号証(本訴甲第6号証):特公昭59-27076号公報

審判甲第2号証(本訴甲第7号証):特公昭59-38999号公報

審判甲第3号証(本訴甲第8号証):【G】外3名編「合成ゴムハンドブック」(株)朝倉書店 昭和45年10月25日発行 169~201,226~238頁、資料編40~45頁

審判甲第4号証(本訴甲第9号証):平成8年3月18日付け財団法人化学品検査協会大阪事業所作成の試験報告書No.5C-1662

審判甲第5号証(本訴甲第10号証):平成8年3月18日付け財団法人化学品検査協会大阪事業所作成の試験報告書No.5C-1663

審判甲第6号証(本訴甲第11号証):米国特許第4463109号明細書

審判甲第7号証(本訴甲第12号証):「化学大辞典」1987年2月15日 共立出版発行 695~696頁

審判甲第8号証(本訴甲第13号証):【H】著「ゴム工業」昭和31年5月1日 共立出版発行 11~12頁

審判甲第9号証(本訴甲第14号証):英国特許第1447977号明細書

審判甲第10号証(本訴甲第15号証):日本ゴム協会誌、1979年10月 日本ゴム協会発行 52巻641~660頁

審判甲第11号証(本訴乙第1号証):特許権侵害差止仮処分命令申立事件(平成8年(ヨ)第22021号)平成9年1月23日付け債権者(本訴被告)準備書面

審判甲第12号証:特許権侵害差止仮処分命令申立事件(平成8年(ヨ)第22021号)平成9年2月23日付け取下書

(参考資料)

参考資料1:ニチアス株式会社鶴見研究所主任研究員【I】作成に係る報告書

参考資料2:特許第1922225号特許権侵害差止仮処分命令申立事件(平成8年(ヨ)第22021号)において債権者(本訴被告)が提出した平成8年3月15日付け準備書面

審判甲第1号証(本訴甲第6号証)には、「毛根状の分岐や多数のヒゲを有する有機質繊維および/または屈曲した有機質繊維、天然ゴム、および/または合成ゴム、ゴム製品及び充填剤からなることを特徴とするジョイントシート。」(特許請求の範囲)が記載され、「石綿以外の基材繊維として、・・・・・有機質繊維を使用し、これを有機溶剤に溶解した天然ゴムまたは合成ゴムを結合剤としてゴム製品、充填剤共に均一に混練し、得られた混練物をジョイントシート製造用カレンダーロール(熱ロールと冷ロールとからなるもの)に供給し、熱ロール表面に積層形成させたあと、これを切り開いて得られたシートは、石綿ジョイントシートに匹敵する高強度と・・・・・を発見し、この発見に基づいてこの発明を完成したものである。」(1頁右欄36行~2頁左欄11行)、「この発明において

は、・・・・・石綿以外の無機質繊維を混合使用してもよく」(2頁左欄35~38行)、「天然ゴムや合成ゴムの配合量は5~40重量%の範囲が適当であり」(2頁右欄3~4行)、実施例1,6では、NBR、実施例2ではSBRの合成ゴム、実施例3~5ではNR(天然ゴム)を使用して、ジョイントシートを製造したことが記載されている。

審判甲第2号証(本訴甲第7号証)には、「石綿以外の無機質繊維群および/または有機質繊維群から選択して組み合わされる少なくとも2種類の繊維と、天然ゴムまたは合成ゴムと、ゴム薬品と、充填剤とからなる組成物であって、・・・・ジョイントシート。」(特許請求の範囲1)が記載され、「この発明は・・・石綿以外の繊維を使用し・・・機械的強度やシール性能と対比して優るとも劣らない物性を具備するジョイントシートを提供する」(3頁左欄9~13行)、「基材繊維として、石綿以外の繊維から少なくとも2種類の繊維を選定し、それらの繊維を適当な比率で混合したものを用い、これらを有機溶剤に溶解した天然ゴムまたは合成ゴムを結合剤として、ゴム薬品、充填剤等と共に均一に混合し、得られた混合材料を熱ロール上に圧搾積層形成させる・・・得られたシート石綿ジョイントシーに匹敵する高強度と・・・・・を発見し、この発見に基づいてこの発明を完成したものである。」(3頁左欄15~27行)、「(SBR)を使用した場合、・・・・・(NBR)を使用した場合は、ゴム配合量を15~35wt%配合するのが好ましい。」(5頁左欄9~14行)、「上記に示した熱プレスによる成形法以外に、従来の石綿ジョイントシートと同様な、熱ロール上に積層成形する方法によっても成形することができる。」(6頁右欄7~10行)、実施例4,6では、NBR、実施例5,7,10ではSBRの合成ゴムを使用して、ジョイントシートを製造したことが記載されている。

審判甲第3号証(本訴甲第8号証)には、「SBRの製造」及び「NBRの製造」について記載され、SBRは乳化重合によって得られること(173頁2行)、SBRの「乳化重合の処方および重合条件」が「Ⅰ.単量体 100部   ・・・(略)・・・・・Ⅲ.乳化剤 4.5~5.0 ・・・(略)・・・」であること(175頁)、表6.12の「ラテックス用処方例」で「#2000タイプ」はセッケンの量が単量体100部に対して7.0部であること(198頁)、NBRは乳化重合によって製造されること(227頁下から5行)、NBRの処方例である[処方]Ⅰ~Ⅶには乳化剤として、Soap flakes, Nekal BX(Na di-isobutylnaphthalene sulufonate), Soap flake solutin, Mersolat(C14-C17のスルホン酸ナトリウム), Nacconol NRSF(アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム), Daxad11(縮合アルキルナフタレンのスルホン酸ナトリウム)、オレイン酸ナトリウム等各種の界面活性剤が、単量体100重量部に対して3.6~約5重量部用いられること(230頁)、NBRの乳化重合においても重合反応終了後のラテックスの安定性を向上させる目的などのために種々の乳化剤が用いられること(232頁)が記載されている。表8.7に示されるNBRの処方例では、乳化剤を単量体100部に対して1.0~8.0重量部使用することが(234頁)、図8.4に示される「NBRの製造工程」の説明では、単量体(ブタジエン、アクリロニトリル)に乳化剤等を加え、重合反応器で反応させた後、ラテックス混和槽に移し、次いで凝固、洗浄して固形ゴムとするか、濃縮してラテックスとして使用すること(236頁)が記載されている。さらにラテックス製品となるものには機械的安定性その他の性質を向上させる目的で特殊な界面活性剤が更に加えられることもあること(237頁)、NBRはラテックスとして応用されることが多く、また濃縮物が出荷されることが多いこと(238頁)も記載されている。資料編の40~41頁には、JSRの合成ゴム特性一覧表が示され、JSRドライNBRの組成と性質が記載され、42~43頁には日本ゼオンの合成ゴム(商品名ニポール)の特性一覧表が示され、SBRであるNipol1500及びNipol1502が重合乳化剤としてロジン酸、混合酸を使用していること、ガスケット用として使用されることが記載され、44~45頁には日本ゼオンの合成ゴム(商品名ハイカー)の特性一覧表が示され、NBRであるHycar1001,1041,1042がガスケット用として使用されることが記載されている。

審判甲第4号証(本訴甲第9号証)及び審判甲第5号証(本訴甲第10号証)は試験報告書であるが、前者には日本合成ゴム株式会社が製造販売しているJSRドライNBR「N230SH」がアルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムを2.8重量%含むことが、後者には日本ゼオン株式会社が製造販売しているニトリルゴム(ハイカーNBR)「Hycar1042」がアルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムを2.5重量%含むことが示されている。

審判甲第6号証(本訴甲第11号証)には、「itカレンダー法」を用いて、非アスベストガラス繊維強化シートを製造する技術が記載され、「実施例A」にはジョイントシート形成のための以下の成分を含有するドウが記載(3欄)されている。

「天然ゴム3.00kg、スチレンブタジエンゴム2.12kg、アクリロニトリルブタジエンゴム2.10kg、6mmガラス繊維10.00kg、3mmガラス繊維3.20kg、カーボンブラック0.40kg、炭酸カルシウム(沈降)5.65kg、イオウ系架橋剤0.25kg、ソーダ灰0.16kg、ローコバンタック(市販の離型剤)0.17kg、トルエン14.00kg、水2.40kg」 また「itカレンダリング」についての説明があり「シート材料は、加熱されたカレンダーボールの周面上に連続的に形成され、連続した非常に薄い層・・・として製造される。シートは、比較的硬く、繊維が充填された、硬化性エラストマードウを、カレンダーボール及び加熱していない補助ローラーの間のニップに供給し、・・・所望のシート形成速度及び圧縮を行うことによって形成される。」(1欄6~21行)と記載されている。

審判甲第7号証(本訴甲第12号証)には、生ゴムはラテックス中に含まれる非ゴム成分(1例、アセトン抽出物2.5~3.2%)を5~10%程度含むことが記載されている。

審判甲第8号証(本訴甲第13号証)には、生ゴムのアセトン抽出物は脂肪酸及びそのエステルが大部分であることが記載されている。

審判甲第9号証(本訴甲第14号証)には、「ローコバンタック」は登録商標であることが記載され、さらに、「粘着防止物質とは、微細に分割された固体であって、ゴムシートの相互に永久に結合する傾向を減じる能力のある100ミクロンより小さい粒子径を有するもの及び固体を水中に分散可能にする乳化剤を意味する。」(2頁左欄1~13行)、「ローコバンタック及び・・・・・それらは、酸pH液で有効な乳化剤を使用して調整された微細な粒子径の粘土からなる本質的に分散体である。多くの粘着防止物質がゴム工業において知られており、ゴムのシートが永久的に互いに結合するのを防ぐために採用されている。それらは界面活性剤を一定の比率の粒子状充填剤と混合することからなる。・・・・・そのような物質の例として、ローコバンタック・・・・・がある。」(2頁左欄30~52行)と記載されている。

審判甲第10号証(本訴甲第15号証)は、ゴム用副資材である「離型剤」と「加工助剤」について解説したものであり、粘着防止剤は、ゴムの成型工程におけるゴム混合物と加工機の粘着を防ぐために用いられること(657頁右欄下から4行~658頁2行)、ゴムの加工工程ではゴム相互のブロッキングを防ぐため離型剤を表面に塗る必要が多々あること、未加硫ゴム相互の接着防止に用いられるとき防着剤と呼ばれることが多いこと(641頁左欄下より1行~右欄9行)が記載されている。

審判甲第11号証(本訴乙第1号証)は、本件特許に基づく特許権侵害差止仮処分申立事件における債権者(本訴被告)の申立ての内容を示したものであり、5頁には「債権者は、平成8年9月14日付で特許庁に提出した訂正請求に係る請求項1および2を再度左記のように訂正する所存である。」と記載されている。

審判甲第12号証には、本件特許に基づく特許権侵害差止仮処分申立事件について、債務者に対する申立てを取り下げる旨の記載がある。

(4) 審決がした対比及び判断

そこで、原告の各主張について以下検討する。

訂正後の発明は、上記したように訂正後の特許請求の範囲に記載されたとおりのものである。

(ア) 主張1について

(ⅰ) 訂正後の本件第1発明について

審判甲第1、第2号証(本訴甲第6、第7号証)記載のジョイントシート用ゴム材であるSBR、NBRは通常の標準的な製品であると解されること、入手し得る通常のSBR及びNBR製品中に界面活性剤が存在することは原告が提出した審判甲第3~5号証の証拠により認めることができるので、審判甲第1、第2号証(本訴甲第6、第7号証)には界面活性剤を含むジョイントシートが開示されていると認められる。

そこで、訂正後の本件第1発明と審判甲第1号証(本訴甲第6号証)のものとを対比すると、両者は、有機繊維、又は有機繊維と石綿以外の無機繊維、ゴム材(界面活性剤を1成分として含有する)、ゴム薬品、充填材を含み一対のロールを用いて製造されたジョイントシートである点で共通する。また訂正後の本件第1発明と審判甲第2号証(本訴甲第7号証)のものとを対比すると、両者は、「訂正後の本件第1発明と審判甲第1号証(本訴甲第6号証)のものとの共通点」から「一対のロールを用いて製造された」を除いた点で共通する。しかし、訂正後の本件第1発明では、これらのジョイントシート材料以外に界面活性剤を「0.1~10重量%」添加するものであるのに対し、審判甲第1、第2号証(本訴甲第6、第7号証)のものでは界面活性剤を添加しない点で両者は明らかに相違する。

なお、原告は、NBR、SBRに含まれる界面活性剤量の推定値又は分析値(証拠として審判甲第3~5号証(本訴甲第8~10号証)提出)を基に、審判甲第1、第2号証(本訴甲第6、第7号証)記載のジョイントシート中の界面活性剤量の含有割合を求めそれが訂正後の本件第1発明の含有割合と重複するので、両者は同一発明である旨主張している。しかし、訂正後の本件第1発明における界面活性剤量の割合は、ゴム材と共に混入する界面活性剤量を含む割合ではなく、「添加した界面活性剤」量についての含有割合であり、添加分として規定される量の割合であるから、一部重複部分があったとしても添加された量としての違いがあるから両者が同一であるとすることはできない。また、原告が提出した参考資料1,2の記載によると原料ゴム中に界面活性剤が含まれ、該ゴムを用いたジョイントシートには界面活性剤が混入することがうかがい知れるが、混入した界面活性剤は「添加した界面活性剤」ではない。したがって、これらの資料によってジョイントシート中の「添加された界面活性剤」量が0.1%以上であることが裏付けられているとすることはできず、原告の上記主張は採用できない。

また、原告は訂正後の本件第1発明で規定する界面活性剤の含有割合「0.1~10重量%」は、界面活性剤が原料由来のものであるか添加されたものであるかは問わないと解するのが相当である旨主張し、一つの根拠として、被告作成の準備書面(参考資料2、本訴甲第4号証)において、被告が「・・・製造の過程で、新たに界面活性剤を加えないものであっても、そのジョイントシートは本件第一発明に含まれる。」と記載している点をあげている。しかし、訂正請求により特許請求の範囲が訂正され界面活性剤の含有割合の意味は明確になった。被告の他の解釈を示す資料が存在したとしてもそれは被告の一つの解釈にすぎない上、明細書の記載からみて意味が明確であるので、上記含有割合を他の意味に解釈することはできない。(以下の(ⅱ)では述べないが、訂正後の本件第2発明における界面活性剤の含有割合についての解釈に対する判断も上記と同じである。)結局、この点での原告の主張も採用できない。

訂正後の本件第1発明は、ジョイントシート形成用組成物を一定のロール間に挿入してジョイントシートを製造すると、該組成物が冷却ロールに付着して作業性が低下するという問題があることを見いだし、それを解決することを目的として組成物中に界面活性剤を「0.1~10重量%」添加することを必須の構成としたものである。審判甲第1号証(本訴甲第6号証)は、石綿以外の繊維を使用し石綿ジョイントシートが有する物性に比し劣らないジョイントシートの提供を目的とし、特定形状の有機質繊維を用いることでそれが可能となることを示すにとどまるものであり、審判甲第2号証(本訴甲第7号証)は、同じ目的で石綿以外の2種以上の繊維を組み合わせることによりそれが可能になることを示すにとどまるものであるから、これらには、訂正後の本件第1発明が課題とする冷却ロールへの付着防止に関して、またこの課題を解決するために採用した特定量の界面活性剤の添加について示唆する記載はない。

審判甲第3号証(本訴甲第8号証)には、SBR、NBRが製造に際して乳化剤(界面活性剤)を用いることを示すのみであり、訂正後の本件第1発明が解決しようとする課題について記載も示唆もない。

そして、訂正後の本件第1発明は、特定量の界面活性剤を添加することにより、ジョイントシート形成用組成物がシート形成時に冷却ロールに付着することがなく、熱ロールに積層形成されるので、作業性が優れるとともに、耐熱性にも優れるという明細書記載の効果が奏されるものである。

そうすると、訂正後の本件第1発明は、審判甲第1号証(本訴甲第6号証)又は審判甲第2号証(本訴甲第7号証)に記載された発明と同一ではなく、またこれらの発明に審判甲第3号証(本訴甲第8号証)の技術を勘案することにより、当業者が容易に発明することができたものでもない。

(ⅱ) 訂正後の本件第2発明について

訂正後の本件第2発明と審判甲第1号証(本訴甲第6号証)のものとを対比すると、両者はゴム材用溶剤を配合したジョイントシート形成用組成物を熱ロールと冷却ロールの一対のロールを用いてシート状物を形成する点では共通するが、審判甲第1号証(本訴甲第6号証)のものは特定量の界面活性剤を添加していない点で相違する。また、訂正後の本件第2発明と審判甲第2号証(本訴甲第7号証)に記載のものとは、この相違点に加えて一対のロールを用い加熱圧延後熱ロール側にシートを積層後剥離する製造工程が明記されていない点でも相違するので、訂正後の本件第2発明と審判甲第1又は第2号証(本訴甲第6又は第7号証)のものが同一発明であるとすることはできない。

訂正後の本件第2発明は、ジョイントシート形成用組成物(この組成物は訂正後の本件第1発明の成分組成にゴム材用溶剤を加えたものに当たる。)を用いジョイントシートを製造するものであるので、訂正後の本件第1発明の組成に関する構成を必須の構成とするものであるといえる。そして、訂正後の本件第1発明が審判甲第1、第2号証(本訴甲第6、第7号証)のものから容易になし得たものでないことは上記したとおりであるから、訂正後の本件第1発明の組成を発明の構成とする訂正後の本件第2発明も上記(ⅰ)で述べたのと同様の理由により、審判甲第1、第2号証(本訴甲第6、第7号証)記載のものから容易になし得たものであるとは認められない。

したがって、訂正後の本件第2発明は、審判甲第1号証(本訴甲第6号証)又は審判甲第2号証(本訴甲第7号証)に記載された発明と同一であるとも、またこれらの発明に加え上記した審判甲第3号証(本訴甲第8号証)の技術を勘案して当業者が容易に発明することができたものであるとも認められない。

(イ) 主張2について

(ⅰ) 訂正後の本件第1発明について

審判甲第6号証(本訴甲第11号証)記載のもので用いている「スチレンブタジエンゴム」、「アクリロニトリロブタジエンゴム」は通常入手できる標準的なものであると解され、これらゴム材料の製品中に界面活性剤が含まれることは原告の提出した審判甲第3~第5号証(本訴甲第8ないし第10号証)の証拠により認めることができるので、審判甲第6号証(本訴甲第11号証)には界面活性剤を含むジョイントシートが開示されているといえる。また、審判甲第6号証(本訴甲第11号証)記載の「ローコバンタック」が界面活性剤を含むことは、審判甲第9号証(本訴甲第14号証)により認めることができる。

そこで、訂正後の本件第1発明と審判甲第6号証(本訴甲第11号証)のものとを対比すると、両者は、石綿以外の無機繊維、ゴム材(界面活性剤を1成分として含有する)、ゴム薬品、充填材及び添加された界面活性剤を含むジョイントシートである点では共通する。しかし、訂正後の本件第1発明では基材繊維として有機繊維を用い、特定量の界面活性剤を添加するのに対し、審判甲第6号証(本訴甲第11号証)では有機繊維を用いず、「添加された界面活性剤」の割合が「0.1~10重量%」であることが明記されていない点で相違する。

なお、原告は、審判甲第6号証(本訴甲第11号証)記載の「ローコバンタック」が乳化剤(界面活性剤)であることは審判甲第9号証(本訴甲第14号証)により証明され、また審判甲第6号証(本訴甲第11号証)記載のガラス繊維強化シートにゴム材に由来する界面活性剤が含まれることは審判甲第3、第7及び第8号証(本訴甲第8、第12及び第13号証)により証明されるので、訂正後の本件第1発明と審判甲第6号証(本訴甲第11号証)記載のものとは同一発明である旨主張している。しかし、上記したように「ローコバンタック」に界面活性剤が含まれることは審判甲第9号証(本訴甲第14号証)から認められるとしても、「ローコバンタック」の添加により「添加された界面活性剤」の含有割合が「0.1~10重量%」の範囲になるということが立証されていない。

被告が提出した乙第1号証(財団法人化学品検査協会作成の試験報告書)は「ローコバンタック」中の界面活性剤の含有量を示すものであるが、この数値に基づく計算値からは審判甲第6号証(本訴甲第11号証)の「実施例A」のシートは「添加された界面活性剤」量が逆に0.1%以下であると推定される。

また、原告が審判甲第3号証(本訴甲第8号証)等に基づき算出した含有量はゴム材由来の界面活性剤量であり、これが「添加された界面活性剤」量でないことは上記したとおりである。さらに、訂正後の本件第1発明は基材繊維として有機繊維を含むものであるのでこの点でも相違する。したがって、訂正後の本件第1発明と審判甲第6号証(本訴甲第11号証)記載のものが同一であるとすることはできず、原告の主張は採用できない。

次に、訂正後の本件第1発明が審判甲第6号証(本訴甲第11号証)記載のものから容易に発明をすることができたか否かについて判断する。

審判甲第6号証(本訴甲第11号証)には「ローコバンタック」配合の記載があるが、シート製造時の冷却ロールへの付着防止の点には考慮せずガラス繊維強化シート製造に際しそれをドウに添加することを示すのみである。審判甲第6号証(本訴甲第11号証)には、訂正後の本件第1発明の技術課題であるシート製造時の冷却ロールへの付着防止については何ら示されていない。したがって、本件発明の技術課題が示されていない以上、本件発明で課題解決のために採用した界面活性剤の一定量以上の添加ということが示唆されているとは認められない。また、無機繊維に加え更に有機繊維を添加するということについての示唆もない。

審判甲第7、第8号証(本訴甲第12、第13号証)には、生ゴムの成分について、審判甲第9号証(本訴甲第14号証)には特定の合成ゴムの分離について記載されているのみであり、また審判甲第10号証(本訴甲第15号証)は「離型剤」、「加工助剤」について一般的な解説がされているのみであり、ジョイントシートの製造については何ら記載されていない。

そして、訂正後の本件第1発明は界面活性剤の一定量以上の添加によって上記したような優れた効果を奏するものと認められる。

したがって、訂正後の本件第1発明は、審判甲第6号証(本訴甲第11号証)に記載された発明と同一であるとも、また該発明に加え審判甲第8~10号証(本訴甲第13~15号証)の技術を勘案して当業者が容易に発明することができたものであるとも認められない。

(ⅱ) 訂正後の本件第2発明について

訂正後の本件第2発明と審判甲第6号証(本訴甲第11号証)のものとを対比すると、両者は、無機繊維、ゴム材、ゴム薬品充填材及び添加された界面活性剤にゴム材用溶剤を配合したジョイントシート形成用組成物を用いシート状物を形成する点では共通する。しかし、上記のように審判甲第6号証(本訴甲第11号証)は有機繊維を用いたものではなく、「添加された界面活性剤」量が「0.1~10重量%」であるということについても明記されていない。該審判甲号証はシート状物を得るものであるが、シート形成を熱ロールと冷却ロールとから成る一対のロールを用い熱ロールに積層後剥離することについても明記されていない。そうすると、両者はこれらの点で相違するので同一発明とすることはできない。

訂正後の本件第2発明は、上記のように訂正後の本件第1発明の組成に関する構成を必須の構成とするものであるといえる。そして、訂正後の本件第1発明が審判甲第6号証(本訴甲第11号証)のものから容易になし得たものでないことは上記したとおりであるから、訂正後の本件第1発明の組成を発明の構成とする訂正後の本件第2発明も上記(ⅰ)で述べたのと同様な理由により、審判甲第6号証(本訴甲第11号証)に記載のものから当業者が容易になし得たものであるとはいえない。審判甲第7~第10号証(本訴甲第12~第15号証)は、上記のとおりジョイントシートについて記載したものではない。

したがって、訂正後の本件第2発明は、審判甲第6号証(本訴甲第11号証)に記載された発明と同一であるとも、また該発明に加え審判甲第8~第10号証(本訴甲13~第15号証)の技術を勘案して当業者が容易に発明することができたものであるとも認められない。

(なお、審判甲第1~第3、第6、第8~第10号証(本訴甲第6~第8、第11、第13~第15号証)のいずれにも訂正後の本件第1発明及び第2発明が必須の構成としている「添加された界面活性剤」量の割合を「0.1~10重量%」とする点について記載されていないので、これらに記載の技術をたとえ組み合わせたとしても訂正後の本件第1発明又は第2発明の構成のものにはならないことは明らかである。そうすると、審判甲第1~第3、第6、第8~第10号証(本訴甲第6~第8、第11、第13~第15号証)のものを組み合わせることにより、訂正後の本件第1発明又は第2発明が容易になし得たものであるとすることもできない。)

(ウ) 主張3について

原告の主張は、本件の訂正後の特許請求の範囲、発明の詳細な説明の記載が、以下の点で不備であるというものである。

ⅰ 訂正後の本件発明は、界面活性剤の総量を「0.1~10重量%」と特定(特許請求の範囲)しているが、添加する界面活性剤の量について何ら特定していないので当業者がその添加量を理解するのが困難である。

ⅱ 訂正後の本件発明について、発明の詳細な説明においてはゴム由来の界面活性剤と、添加する界面活性剤のトラレ防止効果が同一か否か何も記載されていない。

ⅲ 訂正後の本件発明(添加した界面活性剤を含む。)は、審判甲第1、第2号証(本訴甲第6、第7号証)に記載のゴム由来の界面活性剤を含むが添加した界面活性剤を含まないジョイントシートと比較し、いかなる作用効果の差があるのか記載されていない。

以下、上記ⅰ~ⅲの点について検討する。

ⅰの点について。

平成8年9月13日付けの訂正請求で特許請求の範囲に記載の「・・・0.1~10重量%の量で存在し」は訂正され「・・・添加された界面活性剤の量が0.1~10重量%である」となった。この結果「0.1~10重量%」は添加した界面活性剤の添加割合の意味であることが明確になったので、界面活性剤の添加量に関して理解困難な点があるとは認められない。したがって、この点で記載が不備であるとすることはできない。

ⅱの点について。

本件の明細書においては、付着防止の効果が界面活性剤を添加することによって生じることが記載されるとともに、界面活性剤を添加したものと界面活性剤を添加しないもの(ただし、いずれも合成ゴムNBRは含む)とを比較したとき、前者において付着防止、すなわちトラレの防止効果が奏されたことが記載されている(実施例1,6、比較例1,2参照)ので、本件発明の効果は本件の明細書の記載から確認することができるといわざるを得ない。原告は、ゴム由来の界面活性剤と添加した界面活性剤のトラレ防止効果が同一か否かという点が明らかにされていないと述べているが、この点を解明することが本件発明の効果を確認する上で不可欠であるともいえない。したがって、原告指摘の点について記載がないという理由で記載不備であるとすることはできない。

ⅲの点について。

本件の明細書では、NBRを含むが界面活性剤を添加しない「比較例1,2」では、冷却ロールへの付着が認められたことが記載されている。使用したNBRに界面活性剤が含まれるかどうかは明記されていないが、通常用いられる標準的なNBR製品であると解されることから、「比較例1,2」のものは界面活性剤を含むジョイントシートの例(従来品に相当する)であるといえる。そうすると付着防止の効果は従来品と比較して評価したものであるから、本件発明の効果を確認する上で十分であるといわざるを得ない。明細書中に更に審判甲第1、第2号証(本訴甲第6、7号証)に記載のもの(従来技術に相当)との比較が示されなければ明細書の記載が不備になるというものではない。

したがって、本件の訂正後の特許請求の範囲、発明の詳細な説明の記載に特許法36条4項及び5項の規定に違反する程の不備があるとすることはできない。

なお、原告は弁駁書(第二)において、訂正前の本件発明、第1訂正に係る本件発明が特許性がないことを被告自身が認めていると述べ、本件特許は無効とされるべきである旨主張し、それを裏付ける証拠として審判甲第11、第12号証を提出している。そして、審判甲第11号証からは、被告が本件発明について第2訂正を請求する予定であることを表明したこと、審判甲第12号証からは、特許権侵害差止仮処分命令申立事件(審判甲第11号証参照)について、債務者に対する申立てを取り下げたことが認められる。しかし、審判甲第11、第12号証は第2訂正に係る本件発明が特許性を有するかどうかということとは無関係のものである。(第2訂正が認められることは、上記の「(2)訂正の可否」で述べたとおりである。)したがって、当然であるがこれらの証拠によって上記判断が影響を受けるものではない。審判甲第11、第12号証を根拠とする原告の上記主張は認められない。

また、原告が提出した「参考資料1」(報告書)には報告書の作成者自らが行った「試験結果報告」が示されているが、評価を含めすべての実施条件が本件発明と同じであるとは認められないので、該試験結果を本件発明の正確な追試結果であるとすることはできない。

(5) 審決のむすび

以上のとおりであるから、原告の主張する理由及び証拠によっては、本件発明の特許を無効とすることはできない。

第3   原告主張の審決取消事由

1  取消事由1(訂正についての認定の誤り)

被告がした平成9年4月7日の訂正の内容(前記第2の3「(1)訂正の内容」)のうち、(2)及び(4)の訂正は、不明瞭な記載の釈明に当たらず、特許請求の範囲を拡張し、実質上特許請求の範囲を変更するものである。

(1)(2)の訂正は、訂正前の特許請求の範囲第1項中、「界面活性剤が0.1~10重量%の量で存在している」を、「添加された界面活性剤が0.1~10重量%の量である」と訂正するものであるが、「存在」は、一般的に「ある」を意味するから、「0.1~10重量%」が、由来を問わず、“添加された界面活性剤”以外の界面活性剤をも含む割合であることは、文言上明らかである。さらに、訂正前の本件明細書(本件特許出願公告公報=甲第2号証)の記載、すなわち、〈1〉3欄35~37行、〈2〉同欄40~42行、〈3〉4欄7~8行、〈4〉7欄9~14行の各記載は、界面活性剤の由来を問わず、ジョイントシートに含まれる界面活性剤の存在とその量が、発明の構成要素であることを前提としている。

審決は、審決の理由の要点「(2)訂正の可否」の項において引用した訂正前の本件明細書の記載は、添加された界面活性剤が0.1~10重量%であることを教示する旨説示するが、審決が引用した訂正前の本件明細書の記載からは、「添加された界面活性剤の添加割合が0.1~10重量%(ジョイントシート中)となるように添加する必要がある」と読み取ることはできない。

したがって、「(2)の訂正は上記した各記載に基づくものであり、願書に添付した明細書に記載した範囲内の訂正であるといえる」との審決の認定は誤りであり、したがってまた、(2)の訂正に関してしたのと同様の理由によってした(4)の訂正についての審決の認定も誤りである。

(2) SBR及びNBR(いずれもゴム材)は、それぞれ0.22~2.60重量%及び0.05~2.96重量%の界面活性剤を含有すると推認されるが、例えば、ゴム材由来の界面活性剤2.5重量%と、添加された界面活性剤9.0重量%(計11.5重量%)を含有するジョイントシートを想定すると、当該シートは、訂正前の本件第1発明に含まれないが、訂正後の本件第1発明に含まれることとなるから、(2)の訂正及び(4)の訂正は、特許請求の範囲を拡張するものである。

また、訂正前の特許請求の範囲における「0.1~10重量%」は、由来を問わず、存在する界面活性剤を対象とする量であるところ、(2)の訂正及び(4)の訂正は、当該量を、添加された界面活性剤を対象とする量に訂正するものであるから、「存在」を「添加」に変える(2)の訂正及び(4)の訂正は、実質上特許請求の範囲を変更するものである。

(3) 訂正前の本件明細書においては、ジョイントシート中に、ゴム材等に由来する界面活性剤が存在することは意識されていない。添加された界面活性剤は、ゴム材等と混合されると、ゴム材由来の界面活性剤と区別できなくなるものであるところ、訂正前の本件明細書においては、これら界面活性剤を区別して記載していない。

訂正前の本件明細書に、界面活性剤の量「0.1~10重量%」に係る記載(甲第2号証6欄8~15行)はあるが、当該記載は、根拠のない憶測であり、上記量範囲を支持するものではなく、結局、訂正前の本件明細書に、上記量範囲を支持する事項は記載されてない。また、訂正前の本件明細書には、界面活性剤を1重量%及び2重量%添加した実験例が記載されてはいるが、いかなる根拠により界面活性剤を「0.1~10重量%」の範囲で添加することが必要ないし有益であるかについて具体的な根拠を示す実験例は記載されていない。

したがって、(2)の訂正及び(4)の訂正は、訂正前の本件明細書の記載の範囲内のものではない。

(4) 「界面活性剤」と「ゴム材」は別次元の表示である。すなわち、(「界面活性剤」は化学成分の表示なのに対し、「ゴム材」は、ゴム基質のほかに界面活性剤等の化学成分を含む市販品であるNBR、SBR等を表示するものである。そして、ゴム材に含まれる化学成分として界面活性剤が含まれる場合が多いものの、含まれない場合もあり、また、含まれる場合にもその含有量は一定でない。

したがって、ジョイントシートの製造に当たり、後記のロールへの粘着から生じるトラレ現象の防止という技術的な観点から、界面活性剤を、その由来はともかく、一定量必ず存在しなければならないことを明示するため、訂正前の特許請求の範囲の記載において、「界面活性剤」を「ゴム材」と併記したのであり、訂正前の特許請求の範囲の記載における「界面活性剤」が、「ゴム材」に含まれていない界面活性剤のみを意味すると解することはできない。

ゴム材中に含まれる界面活性剤は、乳化重合法による製造時に添加されるもので、被告のいう「不純物というべきもの」ではない。そして、訂正前の本件第2発明で、ゴム材をゴム材用溶剤で溶解するのであるから、ゴム材含有の界面活性剤は、ゴム基質と分離され、添加された界面活性剤と区別できなくなることは、当業者にとって自明のことである。

したがって、訂正前の本件明細書においては、ゴム材に界面活性剤が含有されていることを認識していないとしても、訂正前の特許請求の範囲における「存在」は、ゴム材に含有されている界面活性剤を、明示的に排除するものではない。

2  取消理由2(訂正後の本件発明の進歩性認定の誤り-その1) 本件発明の要旨が審決認定のとおりとしても、審決は、「添加された界面活性剤」の「0.1~10重量%」の技術的意義、及び甲第11号証(審判甲第6号証)記載の事項の技術的意義を誤解し、訂正後の本件第1発明及び本件第2発明は、甲第11~第15号証(審判甲第6~第10号証)記載の技術事項から容易に推考することができないものであると誤って認定したものである。

(1)  訂正後の本件第1発明に係る認定は、本件出願(昭和59年12月18日)当時の技術水準を無視するものである。

ジョイントシートの成形過程で生じるトラレ現象(ゴム材がロールへ粘着する現象)は、アスベストジョイントシートにおいても技術的課題として存在し、当業者は、種々の解決策を講じていた。本件出願当時は、アスベストジョイントシートから、トラレ現象の程度が大きい非アスベストジョイントシートへ移行する過渡期に当たり、非アスベストジョイントシートの成形過程で、トラレ現象の発生をいかに防止するかが技術的課題として浮上していて、当業者が、アスベストジョイントシートに係る既存の解決策を参考にし、更によい解決策を模索していた時期であったから、本件各発明に係る技術的課題自体は、本件出願当時、当業者により認識されていた。

すなわち、甲第11号証(審判甲第6号証)には、市販の離型剤“ローコバンタック”を所定量(0.63%)含有する非アスベストジョイントシートを製造したことが記載されている(3欄の実施例A参照)ところ、ローコバンタック(英国登録商標)は“界面活性剤と粒子状充填剤からなる粘着防止物質”(甲第11号証3欄30~32行、及び、甲第14号証1頁左欄30~41行参照)であるから、甲第11号証に記載のシートにおいて、界面活性剤を含有する“ローコバンタック”は、トラレ現象防止の目的で用いられているのであり、このことは、当業者が、甲第11号証記載の事項から容易に理解し得ることである。

本件出願当時、既に非アスベストジョイントシートの製造が開始されていたこと(甲第16号証=原告カタログ)、及び、原告の問合せに対するTBAインダストリアル プロダクツ社(英国)の回答内容(甲第17号証=【J】の報告書)からも、上記のことは明らかである。

(2)  審決は、「甲第11号証には、シート製造時の冷却ロールへの付着防止について何ら示されていない」旨説示するが、甲第11号証記載の“ローコバンタック”が離型剤として用いられていることは、当業者にとって自明のことである。なお、上記“ローコバンタック”中の界面活性剤量は、甲第11号証に記載のシート中の0.0446重量%である。

甲第11号証に記載のシートは、石綿以外の無機繊維から成る基材繊維、ゴム材、ゴム薬品、充填材、及び、添加された界面活性剤(離型剤)を含んで成り、当該シート中に、添加された界面活性剤(離型剤)が0.0446重量%存在するものであるから、訂正後の本件第1発明と比較すると、基材繊維の素材、及び、添加される界面活性剤の量が相違するだけである。

そして、基材繊維の素材は、当業者が適宜選択することができるものである(甲第7号証=審判甲第2号証参照)。

また、添加される界面活性剤の量「0.1~10重量%」については、上記のように、本件出願当時、界面活性剤をトラレ現象防止のために添加することが知られていて、かつ、甲第11号証に、0.1~10重量%の添加が、ジョイントシートの製造に不適であるとの明示的若しくは黙示的な記載はなく、さらに、訂正前の本件明細書に、下限0.1重量%が、臨界的な数値であることを教示する記載はないから、当業者が、適宜選択することができる量である。

(3)  したがって、訂正後の本件第1発明は、当業者が、甲第11号証に記載の事項に基づき、容易に想到し得たものである。

3  取消事由3(訂正後の本件発明の進歩性認定の誤り-その2)

訂正後の本件各発明は、以下に述べる点からも進歩性を有しないから、これに反する審決の認定は誤りである。

(1)  甲第6号証及び第7号証(審判甲第1号証及び第2号証)には、訂正前の本件第1発明及び訂正前の本件第2発明の構成が、界面活性剤に係る点を除き、明示的に示されているところ、ゴム材には、界面活性剤が、一成分として「0.1~10重量%」の範囲に入る程度含有されているから、訂正前の本件第1発明及び訂正前の本件第2発明は新規性を有しない。すなわち、(2)の訂正及び(4)の訂正が適法であるとしても、訂正後の本件第1発明及び本件第2発明の構成は、甲第6号証及び第7号証記載の事項に基づき、当業者が容易に推考することができたものである。

(2)  審決は、「特定量の界面活性剤を添加することによりジョイントシート形成用組成物がシート形成時に冷却ロールに付着することがなく、熱ロールに積層形成されるので作業性が優れるとともに、耐熱性にも優れるという明細書記載の効果が奏されるものである」と認定する。

しかしながら、訂正前の本件明細書において、ゴム材由来の界面活性剤の存在は意識されていないし、さらに、訂正前の本件明細書記載の実施例において、添加される界面活性剤は、ゴム材を含む他の組成物との混合の結果、混合物中で、ゴム材由来の界面活性剤と区別がなくなるから、添加量が作用効果に影響を与えるのではない。すなわち、ゴム材由来のものであれ、添加されたものであれ、特定量の界面活性剤の「存在」が、作用効果を奏するのである。

そして、本件出願当時、当業者が、非アスベストジョイントシートの成形過程で発生するトラレ現象の防止策を、アスベストジョイントシートに係る既存の防止策を参考にし、模索していたことを前提とすれば、シート形成時に、ゴム材中に含まれる界面活性剤を、別途、混合物中に加えることは当業者が容易に想到し得たことである。

(3)  したがって、訂正後の本件第1発明及び本件第2発明は、進歩性を有しない。

4  取消事由4(訂正明細書の記載不備)

シート材料は均一に混合されるのであるから、界面活性剤が、ゴム材にもともと存在したか、あるいは、新たに添加されたかによって、トラレ現象の防止効果に差異があると考え難いところ、訂正前の本件明細書には、ゴム材由来ではない0.1~10重量%の界面活性剤を添加することの根拠となる、次の〈1〉及び〈2〉の事項が記載されていない。

〈1〉  訂正後の本件第1発明と訂正後の本件第2発明において、ゴム由来の界面活性剤のトラレ現象防止効果と、添加する界面活性剤のトラレ現象防止効果が同一か否か。

〈2〉  訂正後の本件第1発明及び本件第2発明(添加した界面活性剤を含む)と、甲第6号証及び第7号証記載のジョイントシート(ゴム材由来の界面活性剤を含むが、添加した界面活性剤を含まない)において、作用効果に差があるか否か。

したがって、訂正前の本件明細書には、添加される界面活性剤の量が0.1~10重量%であることを支持する事項は記載されていない。

よって、これに反する審決の認定(〈1〉については、審決の理由の要点(4)(ウ)のⅱの点についての認定、〈2〉については同ⅲについての認定)は誤りである。

第4  審決取消事由に対する被告の反論

1  取消事由1について

(1)  訂正前の本件特許請求の範囲の記載は、特許請求の範囲の技術的意義が一義的に明確に理解することができない場合に該当する。

すなわち、ゴム材には、不純物ともいうべき界面活性剤を含むものと、不純物としての界面活性剤を含まないものとがある。ゴム材が界面活性剤を含まない場合、訂正前の本件特許請求の範囲でいう「界面活性剤」の量は、ジョイントシート形成用組成物に添加される界面活性剤の量そのものである。

一方、ゴム材が不純物ともいうべき界面活性剤を少量含む場合、訂正前の本件特許請求の範囲でいう「界面活性剤」の量は、ジョイントシート形成用組成物に添加される界面活性剤の量のみを意味するのか、あるいは、この量とゴム材に含まれる界面活性剤の量との合計量を意味するのか、一義的に明瞭でない。

(2)  訂正前の本件特許請求の範囲の記載において、「界面活性剤」は、ゴム材とは別個独立の成分として認識され、かつ、明記されている。

この点は、本件明細書の記載(甲第2号証2欄23行~3欄32行、6欄6~8行、6欄22~26行)から明らかであり、また、本件明細書記載の実施例1~10において、ジョイントシート形成用組成物に、界面活性剤が添加されていることからも明らかである。

さらに、本件明細書記載の実施例1と比較例1(界面活性剤を添加しない以外は実施例1と同じ)の比較(実施例1:ジョイントシート形成用組成物の冷却ロールへの付着がない。比較例1:当該組成物の冷却ロールへの付着がある。)からも明らかである。実施例6と比較例2の比較も、ジョイントシート形成用組成物に界面活性剤を添加することが、当該組成物が冷却ロールへ付着するのを防止し得ることを示している。

そして、本件明細書において、ゴム材に、不純物ともいうべき界面活性剤が含まれていることは、認識も記載もされていない。

したがって、訂正前の本件特許請求の範囲における「界面活性剤」は、ゴム材とは別個独立の成分であって、その量は、ゴム材に含まれる不純物ともいうべき界面活性剤を含まず、添加された界面活性剤の量のみを意味すると解するのが相当である。それゆえ、訂正(2)及び訂正(4)は、訂正前の特許請求の範囲で規定される界面活性剤の量が、ジョイントシートの製造時、ジョイントシート形成用組成物に添加される量のみであることを明瞭にするものである。

(3)  訂正前の本件特許請求の範囲第1項中、「界面活性剤が0.1~10重量%の量で存在している」における界面活性剤の量は、ゴム材中の不純物ともいうべき界面活性剤とは、別個独立の成分と認識されている界面活性剤の量、すなわち、ジョイントシート形成用組成物に、別個に添加する独立成分としての界面活性剤の量を意味している。

付言すれば、特許請求の範囲の記載において、同一用語は同一に解すべきであり、それぞれを、別異の意義に解釈することは妥当でないから、この意味においても、本件特許請求の範囲における「界面活性剤」の量は、ジョイントシートの一成分として、ゴム材とは別個に、ジョイントシートに添加される界面活性剤の量を意味すると解すべきであり、ゴム材中の不純物ともいうべき界面活性剤の量を加えた量と解すべきではない。

そうだとすれば、原告想定のジョイントシートにおいては、ゴム材由来の界面活性剤の量と、添加された界面活性剤の量の合計量ではなく、添加された界面活性剤の量(添加割合)のみを考慮すべきであり、添加された界面活性剤を9.0重量%含有する上記ジョイントシートは、訂正前の本件第1発明の技術的範囲に含まれることになる。

したがって、本件第1発明は、本件訂正によって、実質的に拡張されたり変更されたりしていない。

2  取消理由2について

(1)  本件出願当時、原告の主張するように非アスベストのジョイントシートに移行する過渡期であったことは、原告主張のとおりである。

しかしながら、本件出願当時、非アスベストジョイントシートを製造する際に生じるトラレ現象を、いかに防止するかは、当業者間において、認識されていなかった。そして、甲号各証のいずれにおいても、非アスベストジョイントシートの製造時、トラレ現象が起こるという問題は認識されていない。

そして、甲第11号証(審判甲第6号証)に記載のシートでは、基材繊維として、石綿以外の無機繊維(ガラス繊維)のみを用いるが、訂正後の本件第1発明では、基材繊維として、有機繊維、あるいは、有機繊維と石綿以外の無機繊維の両者を用いる。すなわち、甲第11号証に記載のシートは、有機繊維を用いないが、訂正後の本件第1発明は、有機繊維を必須とする点で、甲第11号証に記載のシートと相違する。

また、ローコバンタックに含まれる界面活性剤の合計量は7.1重量%に過ぎないから、甲第11号証に記載のシートに含まれる“添加された界面活性剤”の量は0.0446重量%であり、訂正後の本件第1発明で規定する界面活性剤の量と相違する。

(2)  訂正後の本件第1発明は、製造工程におけるトラレ現象の発生を解決することを技術的課題とする。

甲第11号証に記載のシート(基材繊維=無機繊維のみ)は、有機繊維を基材繊維として用いないものであるから、有機繊維を必須として含む繊維を、基材繊維として選択することの根拠にならない。

甲第11号証に記載のシートは、所定量のローコバンタック(界面活性剤を含む粒子状充填剤の水分散体)を含有するが、甲第11号証に、有機繊維あるいは有機繊維と石綿以外の無機繊維を基材繊維とするジョイントシート形成用組成物に係る事項は記載されておらず、さらに、トラレ現象及びその解決に係る事項も記載されていない。

したがって、甲第11号証に記載のシートの無機繊維(ガラス繊維)を、有機繊維、あるいは、有機繊維と石綿以外の無機繊維からなる基材繊維に置換することは、当業者にとって、容易なことではない。

(3)  甲第11号証に記載のシートでは、カレンダリング(一対のロールによるジョイントシート形成用組成物の加熱圧延)時の離型剤として、ソーダ灰の水溶液が用いられているのであり(甲第11号証訳文3頁19~21行参照)、甲第11号証に、ローコバンタック(市販の離型剤)の役割は記載されていない。ローコバンタックは、ゴムシート同士のブロッキング(ゴムシートの永久的結合)を防止するために使用される材料で、離型剤といわれるものであるが、甲第14号証(審判甲第9号証)に、ローコバンタックが、トラレ現象の発生防止に有効であることは記載されておらず、さらにそのことを示唆する技術事項も記載されていない。そもそも、甲第11号証には、ローコバンタックを添加する目的が、明確に記載されていないのであるから、トラレ現象を解消するため、ローコバンタックの添加量を増せばよいことは、当業者が容易に想到し得ないことである。

また、甲第11号証記載の実施例Cでは、ローコバンタックは添加されていない。このことは、甲第11号証記載の発明が、ローコバンタック、すなわち、界面活性剤を添加しなくても、製造できるものであることを意味している。

よって、甲第11号証記載の事項は、非石綿ジョイントシートに界面活性剤を添加して、トラレ現象を解消することを教示しない。さらに、ローコバンタックの添加により、甲第11号証に記載のシート中に含有することとなる界面活性剤の量は、0.0446%であり、この量でトラレ現象を防止することはできない。

一方、訂正後の本件第1発明は、界面活性剤「0.1~10重量%」の添加により、熱劣化試験後においても柔軟性を失わず、耐熱性に優れるものである。

したがって、訂正後の本件第1発明及び本件第2発明は、甲第11号証及び甲第14号証記載の事項に基づき、当業者が容易に想到し得たものではない。

3  取消事由3について

(1)  甲第6号証(審判甲第1号証)及び甲第7号証(審判甲第2号証)には、石綿以外の無機繊維または有機繊維あるいはこの両者からなる基材繊維、ゴム材、ゴム薬品及び充填剤から成り、一対のロールで製造されたジョイントシートが記載されているが、このジョイントシートが、特定量(0.1~10重量%)の添加された界面活性剤を含んでいるか否かについては記載されていない。

また、甲第8~第10号証(審判甲第3~第5号証)にも、添加された界面活性剤を含むジョイントシートは記載されていない。すなわち、甲第8~第10号証には、NBRあるいはSBRのゴム材が、少量の不純物ともいうべき界面活性剤を含んでいることを示すにすぎず、添加された界面活性剤を含むジョイントシート形成用組成物からジョイントシートを製造するという技術的思想は示唆されていない。 さらに、甲第6~第10号証においては、基材繊維として有機繊維を必須成分として含むジョイントシート形成用組成物からジョイントシートを形成する際に、どのようにして、当該組成物の冷却ロールへの付着を防止(トラレ現象の防止)し得るのかは認識されていない。

そして、訂正後の本件第1発明及び本件第2発明では、通常のジョイントシート成分に加えて、添加された界面活性剤をも含むため、石綿以外の無機繊維または有機繊維あるいはこの両者を基材繊維とするジョイントシート形成用組成物が、成形時、冷却ロールに付着することなく、熱ロールに良好に積層成形され、したがって、作業性に優れ、しかも無駄が少ないという効果が得られるのである。

また、添加された界面活性剤を含むジョイントシートは、ゴム材の熱劣化がなく、ガスケットの寿命が長くなるという効果を有し、さらに、これに伴いジョイントシートの柔軟性も改善されるという効果も有する。

(2)  したがって、訂正後の本件第1発明及び本件第2発明は、ジョイントシート形成用組成物が、添加された界面活性剤を含むという点で、甲第6号証又は甲第7号証記載の発明と同一でないし、また、甲第6、第7号証記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものでもない。

4  取消事由4について

訂正後の本件第1発明及び本件第2発明では、添加された界面活性剤の量が明確に特定されており、また、トラレ現象を防止するには特定量の界面活性剤を添加することが有効であることは本件明細書に記載されているから、本件明細書に記載不備はない。

第5  当裁判所の判断

1  本件明細書の記載内容

甲第2号証(本件特許公告公報)及び甲第3号証(本件発明の補正公報)によれば、本件明細書に、発明の技術分野、本件発明の目的等として、次のとおり記載されていることが認められる。

◇ 技術分野として、「本発明は、化学工業、自動車、船舶、各種機器装置などの広範囲な産業分野において利用されるガスケットの基材として用いられるジョイントシートに関する。」との記載(甲第2号証1欄20~23行)。

◇ 従来技術として、「従来、ジョイントシートとしては、石綿製ジョイントシートが広く用いられてきた。この石綿ジョイントシートは、石綿を基材繊維とし、これに結合材としてのゴム、ゴム薬品および充填材を混練してジョイントシート形成用組成物を調整し、この組成物を、熱ロールと冷却ロールとからなる一対のロール間に挿入して加熱圧延し、ジョイントシート形成用組成物を熱ロール側に積層させ、次いで熱ロールに積層されたシート状物を剥離することによって製造されてきた。」との記載(甲第2号証1欄25行~2欄9行)。

◇ これに対する技術的課題として、「近年に至って、石綿資源の枯渇およびそれに伴う入手の問題が生じるとともに、石綿の人体に対する悪影響も指摘され、石綿の使用が再検討され始めている。」との記載(甲第2号証2欄12~15行)。

◇ 従来技術として、さらに、「石綿に変わる繊維基材を用いてジョイントシートを製造しようという研究が盛んに行なわれている。」との記載(甲第2号証2欄15~17行)。

◇ これに対する技術的課題として、「石綿以外の無機繊維あるいは有機繊維を基材として用いて、ジョイントシートを、石綿ジョイントシートと同様の手法により製造しようとすると、……ジョイントシート形成用組成物が、熱ロール側のみではなく冷却ロール側にも付着し、著しく作業性が低下するとともにジョイントシート形成用組成物に無駄が生じるという問題点があることが見出された。」との記載(甲第2号証2欄23行~3欄11行)。

◇ 本件発明の知見として、「本発明者は、ジョイントシート形成用組成物の冷却ロールへの付着の原因を検討したところ、該組成物が熱ロールと冷却ロールの間隙に圧入される際に、組成物と冷却ロールとの間に摩擦が生じて帯電現象を生じることが主たる原因であることを見出した。」との記載(甲第2号証3欄12~17行)。

◇ 本件発明の目的として、「本発明は、ジョイントシート形成用組成物の加熱圧延時、当該組成物が、冷却ロールに付着しない“石綿以外の無機繊維あるいは有機繊維を基材繊維とするジョイントシート”を提供することを目的としている。」旨の記載(甲第2号証3欄19~28行)。

◇ 本件発明の特徴として、「ジョイントシート形成用組成物中に、界面活性剤を添加し、当該組成物を、一対のロール(熱ロールと冷却ロール)で加熱圧延し、当該組成物を熱ロールに積層させ、次いで熱ロールから剥離する。」旨の記載(甲第2号証3欄30行~4欄3行、甲第3号証右欄6~9行)。

◇ 本件発明の効果として、「ジョイントシート用形成組成物は、加熱圧延時、冷却ロールに付着することなく、熱ロールに積層するので、ジョイントシートの製造においては、作業性がよく、かつ、無駄が少ない。また、本件第1発明においては、ゴム材の熱劣化が少ないので、ガスケットの寿命が延びる。さらに、本件第1発明においては、柔軟性が良好である。」旨の記載(甲第2号証7欄2~14行、甲第3号証右欄10~11行)。

2  訂正前の本件特許請求の範囲が規定する「界面活性剤」の量と意義

(1)  まず、訂正前の本件発明の特許請求の範囲が規定する界面活性剤の量についてみるに、本件第1発明は組成物であって、その目的達成に必要な所要の物性を有するものであるから、当該「所要の物性」を担う界面活性剤の量を、組成物(ジョイントシート)への添加量ではなく、組成物(ジョイントシート)中に存在する存在量で規定することは、ごく自然なことで自明のことと認められる。本件第2発明におけるジョイントシート形成用組成物の界面活性剤の量についても同様に認められる。

したがって、本件第1発明及び本件第2発明における界面活性剤の量の限定に係る技術的意味は明確であり、当該量に係る規定に不明瞭な点はないというべきである。

(2)  次に、訂正前の本件発明の特許請求の範囲が規定する界面活性剤の意義について検討を加える。

本件第1発明における「石綿以外の無機繊維または有機繊維あるいはこの両者からなる基材繊維、ゴム材、ゴム薬品、充填材および界面活性剤を含んでなり」との規定によれば、本件第1発明においては、基材繊維、ゴム材、ゴム薬品、充填材及び界面活性剤が、基本成分として含まれるべきものであるところ、これら各基本成分の添加量若しくは存在量(含有量)は、すべての成分について規定されているものではない。

一方、本件第1発明においては、上記規定に続き、「界面活性剤が0.1~10重量%の量で存在していることを特徴とする」との規定が存し、この規定の技術的意味は明確であって、本件第1発明においては、量についてみれば、唯一、界面活性剤の存在量(含有量)が必須の要件となっていることが明らかである。

すなわち、界面活性剤を除く各基本成分の存在量(含有量)は、必須の要件とされていないし、添加量(混合量)についてみれば、界面活性剤も含め、上記各基本成分すべてについて要件とされていないのである。

そうすると、「石綿以外の無機繊維または有機繊維あるいはこの両者からなる基材繊維、ゴム材、ゴム薬品、充填材および界面活性剤を含んでなり」との規定における「界面活性剤」については、“添加された界面活性剤”の意味に限定して解することは到底できないというべきであり、仮にそのように限定して解するとすれば、「界面活性剤が0.1~10重量%の量で存在していることを特徴とする」との要件と整合しない結果になるといわざるを得ない。。

したがって、訂正前の本件第1発明で規定されている「界面活性剤」は、ジョイントシート中に存在する「界面活性剤」を意味するものというべきであり、このことは、訂正前の本件第2発明におけるジョイントシート形成用組成物の「界面活性剤」の意味についても、同様に解すべきである。本件第1発明及び本件第2発明における「界面活性剤」に係る規定が意味するところは、以上のとおり明確であり、当該規定に不明瞭な点はなく、訂正前の本件発明の特許請求の範囲の記載において、所定の目的を達成する技術的思想を一義的に把握することができるものというべきである。

3  訂正前の本件発明の詳細な説明における「界面活性剤」の量と意義

念のため、以上のように、訂正前の本件第1発明及び本件第2発明における界面活性剤を、ジョイントシート中に存在する界面活性剤と解することが、本件発明の詳細な説明の項の記載に整合するかにつき検討する。

(1)  甲第2号証によれば、本件発明の詳細な説明の項には、界面活性剤の量(添加量(混合量)又は存在量(含有量))について、次のように記載されていることが認められる。

「このような界面活性剤は、ジョイントシート中に0.1~10重量%望ましくは0.5~5.0重量%の量で用いられることが好ましい。この界面活性剤の量が0.1重量%未満であると、ジョイントシート形成用組成物が加熱圧延時に冷却ロールに付着するのを充分に防止することができないため好ましくなく、また一方、その量が10重量%を越えても該組成物の冷却ロールへの付着防止効果は高まらず、かえってジョイントシートとしての物性が低下する恐れが出るため好ましくない。」(6欄6~15行)

この記載中「ジョイントシート中に0.1~10重量%望ましくは0.5~5.0重量%の量で用いられる」との部分だけをみると、所要量を添加(混合)するのか、所要量を存在(含有)せしめるのか必ずしも明確ではないが、上記記載を全体としてみれば、ジョイントシート及びジョイントシート形成用組成物において、所要の物性を確保、維持するため、本件各発明は「界面活性剤」の量を0.1~10重量%に限定したものであることが明らかに読み取れるのである。

してみれば、上記限定に係る重量%の数値は、ジョイントシート中、及び、ジョイントシート形成用組成物に所要の物性を付与するための、当該シート及び組成物中に存在すべき存在量(含有量)と解されるのであり、このことは、訂正前の特許請求の範囲における「界面活性剤」に関する前記解釈に整合する。

(2)  本件第1発明及び本件第2発明の実施例1~10に係る記載においては、ジョイントシート形成用組成物を構成する各基本成分の重量%が、当該基本成分ごとに記載されていて、この記載の限りでは、実施例1~10における界面活性剤の重量%(実施例1~5:1.0重量%、実施例6~10:2.0重量%)は添加量(混合量)であると解することも不可能ではないが、一方、実施例1に係る記載中「以下の組成を有するジョイントシート組成物を調整した」との記載(甲第2号証7欄18、19行)も合わせて読み込めば、発明の詳細な説明においても、本件第1発明及び本件第2発明の技術的思想としては、上記界面活性剤の重量%は、混合後、ジョイントシート形成用組成物中に存在(含有)すべき量として記載しているものと解するのが自然である。この解釈は、特許請求の範囲における「界面活性剤」に関する前記解釈に整合する。

(3)  審決は、本件明細書の記載(甲第2号証3欄30~36行、6欄6~8行、6欄22~26行の各記載、及び、実施例における界面活性剤量に係る記載、実施例1と比較例1に係る記載、実施例6と比較例2に係る記載)は、添加された界面活性剤が0.1~10重量%であることを教示する旨説示するが、これらの記載をもってしても、以上の認定を左右するものではない。

4  判断及び要約

(1)  以上のとおり、訂正前の本件特許請求の範囲の記載に不明瞭な点はなく、当該記載は、本件発明の詳細な説明の項に記載される技術的思想を一義的に把握することができるものである。

よって、前記(2)の訂正及び(4)の訂正は、本件発明の特許請求の範囲における不明瞭な記載を明瞭にする訂正に該当しない。

(2)  そして、SBR及びNBR(いずれもゴム材)が、所要量の界面活性剤を含有することは技術常識であり、このことに照らせば、訂正後の本件第1発明におけるジョイントシート、及び、訂正後の本件第2発明におけるジョイントシート形成用組成物が、それぞれ、訂正前の本件第1発明には包含されないジョイントシート、及び、訂正前の本件第2発明におけるジョイントシート形成用組成物には包含されないジョイントシート形成用組成物をも包含することにもなることは、当然に想定され、(2)の訂正及び(4)の訂正は、特許請求の範囲を拡張することになる。また、(2)の訂正及び(4)の訂正は、訂正前の特許請求の範囲において、由来を問わず、存在する界面活性剤の量として規定されている「0.1~10重量%」を、“添加された界面活性剤”として規定し直すものであるから、特許請求の範囲において規定される数値限定の意味を実質的に変更するものである。

(3)  したがって、(2)の訂正及び(4)の訂正に関してした審決の認定は誤りであり、結局、本件訂正請求を適法とした審決の認定は誤りである。この誤りは本件審判請求を成り立たないとした審決の結論に影響することが明らかなので、原告主張のその余の取消事由について判断するまでもなく、審決は違法であって取消しを免れない。

第6  結論

よって、原告の請求を認容すべく、主文のとおり判決する。

(平成11年8月24日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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